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今回の仕入れ旅
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今回も旅はantiques tamiser の吉田昌太郎くんとの旅でした。彼との出会いは2001年か2002年だったから、もう20年近く経つということになる。その頃、僕はパリに住み始めたころで、エッフェル塔の見える小さなアパルトマンに彼が泊まりに来ると、あちこちで仕入れてくる荷物でだんだん寝る場所も小さくなっていった。その頃からレンタカーか友達の車を借りてドキドキしながら初めての街、初めての骨董市に行くようになったものだ。こうして何度も何度も二人で旅しながら、そのルートだとか持ち物だとか、それぞれの骨董市のルールというか、あれこれあらゆるノウハウのようなものを身に着けてきたと思っている。今はインターネットがあって(もちろんその時代もありましたからね!)、スマートフォンがあって、あらゆる小さなマーケットにも日本の業者さんが来るようになっているけれども、こうして身に着けたものは我々のからだの一部のようになっていて、誰にも取られることがない。そして、その多くは失敗やトラブルから学んだものだ。

さて、今回はどんなトラブルが起こるかな。というくらいの気持ちでいかないと気持ちが負けるというか、心が折れてしまうのではないかと思うほどに旅先ではいろいろなことが起きるが、今回はまあその中でも最大級のトラブルが起こった。顔面神経が麻痺して動かなくなり、南フランスのモンペリエという町で緊急外来のお世話になることになったのだ。

予兆は出発前からあった。右の頬がどんよりとずんずんと痛みを感じるようになり、歯科に行った。調べても何もないので耳鼻科に行った。やはり何もないので、実はあと2軒歯科に行った。それでも何もないのでもう少し様子を見るしかない、ということになり出発が近づいてきた。さらなる予兆は出発前夜、娘と鮨を食べに行ったのだけれど、まったく美味しいと思えずほとんど食べずに帰ってきた。そして出発。ラウンジでも機内でも何を食べても美味しくないのはずっと続いていて、頬の痛みから頭痛のようなものもある。僕は正直、虫歯で歯が痛くなったという体験がないので、これが虫歯の痛み何かどうかがよくわからない。わりと強いお酒を何杯か飲み、映画を4本くらい観て、少しうとうとしてるうちにパリに到着。少し待たされてレンタカーを借り、大渋滞のパリの環状高速を抜けて南へ向かう。夕方にパリの空港に着き、そのまま走って翌朝5時の南仏に着きたい。以前は一度パリに入ってホテルで泊まってからTGVで南仏に入り、、、などいろいろなパターンを試した。でも、どうせ時差ボケでほとんど眠れないこと、大きな荷物を持って歩くことの不自由さ、そういうのを合わせて今のスタイルになった。ということで、ほぼ不眠不休で10時間くらい走って、あと1時間以内で到着できるくらいになったところで寝る。昌太郎君は助手席で、体のでかい僕は荷台で転がって。その頃はすでに自分の顔が麻痺し始めているということに気が付き、結局眠れなかった。

その後、Wi-Fiのあるところで自分でも症状を調べながらも、相談した家族や日本の友人もいろいろ調べてくれて、とにかく早く医者に、早く薬をという意見が一致するも、こちらとしては仕事しないで帰るわけにもいかないでしょ、という気持ちが強く現実的にどんどん次の仕事、次の骨董市に流されていく。この間、とにかく右の顔が動かないわけだから、まず瞬きできない(涙ボロボロ)、シャワーを浴びても目に水は入る、タオルで顔を拭いてもタオルが目に入る。口が大きく開かないから、サンドイッチがうまく食べられない。唇をかむ。食べ物が全部右の口に落ちてくる。そして味がしない。そんな状況が続く。

いくつかの骨董市でいろんな業者と話をしているうちに、以前大江戸骨董市で会ったフランスの知り合いが、とにかく今すぐに救急車を呼ぶ、というところまで詰め寄ってくれて僕もついに行かなきゃダメかなという気持ちになる。それでよしわかった、今から病院に行きますから救急車は勘弁して。と約束して、家族からアビニョンならここ、モンペリエならここと連絡が来ていたその病院に行くことに。その時はアビニョンにいたけれど、せっかくなのでモンペリエまで移動してから(笑)。

ということで、フランスで初めての病院に。あらゆることが初めてで、駐車場から受付から何から何までわからず、あっちです、こっちです、そこはだめです、もうドラクエのような状況でようやく緊急外来に着き、ここから待ち。ロビーで待ち、呼ばれてベッドで待ち、またロビーで待ち、またベッドで待つ。合計7時間半。一度呼ばれるとすりガラスの向こう側になるので、昌太郎くんとも連絡ができず、どれくらいかかるかもわからず。とにかくやることがないまま待つ。いつものトランシーバーがあればいいのだけれど、さすがにここでトランシーバーは無いでしょうね。Wi-Fiがあればありがたかった。Wi-FiのないiPhoneは電卓とそんなに変わりのない機械です。あ、いらない写真の整理をたくさんしました。

医師と話しいろいろな変顔をさせられて、立って座って脚上げてた結果、診断はやはり顔面神経麻痺。心配していた脳には異常なし。クスリを飲んで、血液検査してウィルスを調べましょう。ということで夜の8時くらいにようやく開放され、同じ時間ロビーで待ち続けてくれた昌太郎くんと再会。そこから予約していたホテルに荷物を降ろし、とりあえずよかった、とりあえずよかったと愚痴もこぼさない昌太郎くんと乾杯。感謝でいっぱい。

マヒは脳からのものではなく、顔面のみで数か月で治ることが多い。この診断で数日間の心のモヤモヤと心配が晴れて気持ちがすーっと落ち着くのがわかる。その後の仕入れも順調に進み、それ以上の(大きな)トラブルはなく、無事に帰国でき、顔の麻痺もあまりわからなくなってきた。同行の昌太郎くん、家族、友人とその友人の医師たちにあらためて感謝感謝の今日この頃です。

追伸・麻痺が始まった頃から、ずっと「たけしみたいでいいよ」と突っ込みを入れ続け、落ち込むヒマを与えてくれなかった昌太郎くん、そっちもありがとう。「ばかやろっ、ばかやろっ!」

by pointcinq | 2019-10-02 11:01 | | Comments(0)


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